乗車

生臭いゴミの臭い。首筋にまとわりつく蒸し暑い熱気。薄暗い構内と濁った空気。
鈍いステンレスに刻まれた落書きが時々反射する。
怒っているのか、大喜びしているのか、隣の車両で誰かが大声で何か叫んでいる。


深夜の地下鉄に一人ガタゴトゆられる。
汚い暗いガラス窓に映る自分の姿。


はっきりした理由は説明できなくても、私はこの列車に乗っている。
オレンジでも緑でも黄色でもなく、赤の列車に乗っている。
好きだとか嫌いだとか、安いか便利か、他に手段が無いとかだけでは、すべては説明できない。
これは、自分で選んでいる。選ばされた結果だとしても。


いつどこで何が起きても不思議じゃない。誰かに憎まれてきたけれど、誰かを憎んできたけれど、そんなちっぽけなことは不特定多数の生死を左右するかもしれないこととは何の関係もないんだ、きっと。


自分で自分を救えるのか? 誰かを1人でも助けられるのか?
命を預けているわけでも、信頼しているわけでもないけれど、とにかく自分が選んでいる。そして、列車はまだ走り続けている。愛と欺瞞と希望と憎悪とが連結されたこの列車に乗り続けている。


足元の床がべたついて、手にはうっすらバニラコークの臭い。
または、さっき降りていった、厚化粧の女の残り香。


誰かの代わりにレールが悲鳴を上げて乱暴にカーブしていく。