英雄

記憶はあやふやだけれど、野茂が新人王を取った数年後、車は雪のSan Francisco郊外を走っていた。確かに、Dodgers Stadiumは遙か遠くったけれど、今にして思えば、あれが一番近づいていた時だった。


http://www.nikkansports.com/ns/baseball/mlb/p-bb-tp2-050617-0008.html
http://www.sankei.co.jp/news/050616/spo039.htm
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/05season/column/200503/at00004235.html
http://rays.tbo.com/rays/MGBPJXHI0AE.html
http://www.mlb.com/NASApp/mlb/team/player.jsp?player_id=119827


日米通算200勝という、数字以上の偉業を達成したコメントですら、素っ気なく答えていた。そう、彼はいつでも、勝っても負けても、少しもTV向きじゃないぼーっとしたコメントをぼそぼそ喋る。新人王や奪三振王のタイトルを取ったときのインタビューですら、淡々と答えていた。

だから、ワールドシリーズに出た時や、両リーグでのノーヒットノーラン達成の時の笑顔が、より一層輝いて見えた。何だか訳もなく自然に涙がこみ上げてきた。沢山の勇気と、誇りをもらった。別に、ファンって訳でもないのに。


確かに、最近は往年の力は衰えたかもしれない。フォークが落ちない、コントロールが乱れる、四死球出して、ワイルドピッチ、派手に打たれてノックアウト。
でも彼は、どんなに無様な降板をしても、グラブを叩き付けたり、アイスボックスに蹴りを入れたり、ベンチで荒れたりしなかった(本当はそうでもないかもしれないけど)。チームメイトを、ベンチスタッフを、フロントを責めなかった(言いたいことはいろいろあるんだろうけど)。
故障者リスト入りしても、トレードに出され続けても、マイナーに落ちても、ニュースにならなくても、ブルペンで、黙々と汗を流してきた。次の世代を自分で支援してきた。


長い間、なぜ『大脱走』が独房の独りボール遊びで終わるのか、なぜ『がんばれベアーズ』はホームへの滑り込みがタッチアウトで負けて終わるのかが分からなかった。ハッピーエンドじゃないのがとても嫌だった。でも、やっぱりあれはあれでいいんだ。


1995年当時、日本のプロ野球選手がメジャーに行くなんて、無謀としか思えなかった。野茂がここまで成功するなんて、誰が想像できただろう? イチローも、松井も、新庄も、吉井も、長谷川も、石井も、彼に続いて海を渡って行った(マッシーごめん、ちゃんと知ってるから)。記録を塗り替える選手もいれば、記憶に残る者もいる。華やかな注目を集める選手もれば、もがき苦しむ者もいる。


11年目の野茂は、多分今日も、タフな移動中でも平気で寝ているのかな。そして、どこかのフィールドで、次の登板に向けて淡々といつも通りの準備をしているんだろう。201勝目ではなく、ただ、次の勝利を目指して。